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Studio Okamoto の 徒然日記

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2024年 11月 02日

Miles Davis 2

いつ頃のマイルスを聴こうかな・・・・


1)チャーリー・パーカーのグループに入って、ミュージシャンとして徐々に才覚を伸ばし、「クールの誕生」によってクリエーターとしても注目されるようになる。
2)その後、プレステッジに数々の名盤を残す。
1956年にCBSに移籍。CBSには1956年から1986年までの激動の記録が残されています。
3)「Round About Midnight」「Kind of Blue」などの名盤を残し、1960年にコルトレーンが退団します。
4)その後メンバーが入れ替わる。「Someday My Prince Will Come」~「Miles in Tokyo」
5)1964年にマイルス、ウェイン、ハービー、ロン、トニーというクインテットが確立しますが、マイルの健康状態が良くなく録音が意外と少ないのが残念です。
しかし、この時期に「Miles in Berlin」「E.S.P.」「Miles Smiles」「Sorcerer」「Nefertiti」の名盤を残しています。

6)1968年からはロックリズムを導入し、メンバーがチック・コリア、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネットに変わり新たな音楽の探求が始まりました。
1969年ジョー・ザヴィヌル、ジョン・マクラフリンも加わり、「In a Silent Way」「Bitches Brew」を残しました。
しかし、それ以降のマイルスは、思うようなヒット作はありません。73年ことからは体調も思わしくなかったようです。
7)1975年の日本公演では、マイルスがとても好調で、大阪フェスティバルホールの昼夜2回の講演を「Agharta」と「Pangaea」というアルバムで急遽録音されました。
そして、長い休息時間に入りました。
8)1980年にマイルスが活動を再開した時は、胸躍った記憶があります。
1981年に復帰作「The Man With the Horn」が発売され、同年10月強風の中、新宿西口広場で行われたライブは最善席から2列目の中央でマイルスの復帰を目の当たりにしました。
1991年に亡くなるまで、定期的にアルバムが発表されました。

コルトレーンがマイルスバンドに在籍していた頃まではよく聞いたし、1980年以降はLPが1枚しか無いし・・・・
ジャズ・メッセンジャーから移籍してきたウェイン・ショーターが加わったころの演奏を聴くことにします。
「Miles in Berlin」が無い。
持っていたように記憶していたが、勘違いか?

ということで「E.S.P.」から聞く
Miles Davis 2_d0138082_23065442.jpg
悪くはないけど、まだ、ウエインがこのユニットにはまり切っていないように感じます。

次は、ジェケがダサい「Miles Smiles」です。
Miles Davis 2_d0138082_23103469.jpg
今まで気づかなかったけど1年の間でバンドの完成度がかなり上がったように感じました。
そして、「Sorcerer」「Nefertiti」と更に成熟され最高潮に達した感があります。
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この2枚のアルバムの素晴らしさを再認識しました。グループとしての表現とソロが一体化して美しさと緊張感が同居している。
ハービー、ロン、トニーも非の打ち所がない。マイルスの数あるアルバムの中でも最上位にランクされるべき作品だと思う。
トニーのドラミング、マジ最高!


一つの頂点を極め、これ以降次の頂点を目指していくことになったのだと



by okamoto-arch | 2024-11-02 23:30 | オーディオ&音楽 | Comments(0)


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